GOOD MORNING DREAMER

各種レポート(ライブ、旅行など)、会場ガイド、考察、コラム、他 雑記。主にSHINさんの話題が中心です。

【Stage Log】One on One 35th note『side-by-side』

One on Oneのオリジナルミュージカル『side-by-side』(以下、35sbs)を観劇してきた。
とても面白かったので記録したいと思い、久しぶりにBlogに書き留めておくことに。ほぼ自分の覚え書きとポエムなので悪しからず。

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久しぶりの小劇場!一体いつぶりだろう…ちょっと記憶にないレベル。
ひょっとすると自分でチケットを購入したのではなく、友人の制作手伝いに入ったのが最後かも(もはや観劇ではない)。

以前は贔屓にしていた役者さんがいたので足繁く観劇通いをしていたものの、長いこと興味が他に移ってしまっていたので、こうして同じ舞台を複数回観に行くのもとても久しぶり。

今回35sbsを複数回観劇したのは、昨年のとある日に朝起きてたまたま気が向いて急に観に行った(なんじゃそりゃって感じだけれど実話)舞台『わたしの幸せな結婚』で久堂清霞を演じていた泰江和明くんが出演されていたからである。筆者はこの作品で存在を知った役者さんなのだが、とても好みというか癖に刺さる演技をする方だったので興味を持ったのが事の発端だ(まぁこれはまた別の話なので詳しいことは割愛)。

コムロ探偵事務所シリーズは観劇したことがなかったものの、公演前から過去作をYouTubeで無料公開してくれていたので(ちょっと時間がなくて流し見だけれど)予習して行くことができた。ありがたい。もちろん過去作を知らなくても十分楽しめる作りにはなっていたが、過去作を観ておくことでより作品や登場人物の解像度が上がった。

以下、完全に個人的な感想と解釈の覚え書き(時々ポエムw)のため実際の制作側の意図とは異なる部分も多々あるとは思う点をご容赦いただきたい。

Character/CAST

コムロ(藤原 祐規)

シリーズの主人公はふっきーさん演じる偏屈な探偵・コムロ。
一流のものが大好きで一流のものしか認めないめんどくさい男。元々の職業は探偵ではなく鑑定士。ここら辺の経緯は過去作で語られているので、興味がある方はDVDでご確認いただけると良いかと。

色々と秘密主義だし余計なトラブルを増やすんだけどなんだか憎めないんだよなー、コムロ先生。みんなの事を心の底では信頼して期待しているくせに頼ってくれないから、どんどん話がややこしくなる。
元鑑定士なだけに人の本質を見抜く力は優れているし、元々の性格が他人を簡単に信じるタイプではないんだろうけど、一線の引き方・距離の置き方がまためんどくさくて、それが今作で様々なトラブルを引き起こす。
でも、一度自分が認めた人や仲間に対してはいつだって手を差し伸べるし、困っている人を放っておけないタイプだから探偵という職業には向いているんだろうなって思う。

や〜、それにしてもふっきーさんめちゃくちゃ久しぶりに見た。いつぶりだろう。それこそ「はじめまして」はテニミュ(というかドリライかな?)だと思うんだけど…え、いつ?古すぎて考えたくもない(笑)。あの頃はお兄さんだったのに随分とおじさんになって…その分自分もおばさんになっているわけだが(涙)。
直近で舞台に立つところを観たのは『最遊記歌劇伝 -God Child-』ではないかと思う。最早全然直近ではない。(※10年前)

シリーズ過去作をYouTubeで拝見した時にも感じたが、コムロをあまりにも自然に演じるので「ふっきーさんってこんな性格の方だったっけ…?」などと考えてしまった(もちろん違う)。
表情筋柔らかっ!と思うほど顔でも演技をするし(あの表情のうるささはマモ(宮野真守)と良い勝負。※褒めてます)、ちょっとかためのダンスもコムロっぽい。だってコムロがめちゃくちゃキレッキレにダンスしたらなんか嫌だもの。
歌唱力に関しては特別歌が巧いわけではないけれど、しっかり聞き取りやすい(ミュージカルにはとても大事な要素)しピッチも正確だし、申し分なし。
この難しい「コムロ」という男を好演していたと感じた。

 

ワダ(新 正俊)

コムロ先生の助手(というかお世話係?)、新くん演じる目指せワトソン!な青年・ワダ。
ちょっぴり「器用貧乏」タイプ?
炊事洗濯掃除お茶汲みにコムロ先生のご機嫌取りまで器用にこなし、その上コムロ探偵事務所を題材にして書いた著書は結構売れている様子だからもう独立してしまえば?とも思うけれど、本人は「コムロ先生の隣に並びたいわけじゃない、後ろをついていきたい」らしい。健気。
こんな良い子を虜にする無愛想で面倒臭いだけのはずのコムロ先生、ワダくんにとってはよほど魅力的なんだろうなぁ。彼が書いている小説の題材としても、だけれど。

ワダくんは何か凄く突出した個性があるようには描かれていないけれど、作中でキーとなるところにはいつもそこに彼が居る感じ。出てくると安心感があるし、ワダくんの存在がみんなをまとめる、クセ強探偵事務所には欠かせないキャラだなと思う。むしろあの「ザ・普通に良い子」な感じがクセ強集団で異彩を放ってしまっているから逆に個性的に見えるのもある。

新くん、初めて拝見した役者さんだけれど最初お名前見た時は「あらたくん」なのかと思ったら「しんくん」らしいので、勝手ながら親近感を覚えた(こっちの話)。
新くんの驚くべきところはワダくんとほぼ同じ性質を持っているところ。とにかく「気遣いの人」というのが演技中の端々から伺える。板上をとても良く見ているし、さり気なく起きた「何か」をサポートしている。小さなことだけれど、落ちた何かを拾ったり、他の人の乱れた衣服をそっと直したり。全てがさり気なくて、全てを自然にこなす。
一番「さりげない気遣い」に感動したのは、ある時のあるシーンで泰江くん扮するオオバヤシくんが涙を流したんのだけれど、新くん扮するワダくんがコムロ先生のデスクにあるティッシュをサッと一枚取ってオオバヤシくんに渡したところ。
咄嗟にそんなことできる!?あまりに自然だったから本当に驚いた。一体何者なの…!私もワダくんが欲しい…!(笑)

 

マエクラ(田村 良太)

コムロ先生の右腕である発明家。なんでも「ほぼ本物」を作る器用さを持つマエクラを演じるのは田村さん。
趣味はハッキングと盗聴。だけど本物のハッカーではなく、あくまで趣味。能力値はかなり高そうだから然るべき機関と契約して訓練したら結構稼げそうだけど、まぁそこはあくまで「趣味」としてやりたい、堅苦しいことは嫌いってタイプなんだと思う。
観てるととにかく法スレスレの人。ギリギリアウトの時もあるのでは?知らんけど。

なんやかんやでコムロ先生のことが好きで信頼しているから、今作ではコムロ先生が一線引いて(ドアを作って)ることにちょっと傷ついている様子。
オマケに「アケチ」などと言う、コムロ先生と妙に親しい様子の謎の男まで出てくるもんだから内心穏やかではないみたいで、へぇ、マエクラって飄々としているのにこんなにもコムロ先生のことが好きなんだんだなぁ、なんて思いながら見ていた。
面倒臭い人間関係は嫌いそうなのに、人との繋がりとか信頼に飢えているのだろうか。
挙句「みんなが見たいと言ってたから」なんてテイだけれど嫉妬がいきすぎたのもあってか自分という存在の重要さやその実力を遠回しに実感させようとする面倒臭さ、どれだけコムロ先生たちのことが好きすぎるのかと。ほんっとに余計なことばかりする。笑

田村さんはお初に見るけどまさに歌ウマオバケ。軽く歌ってそうで声量も高音も素晴らしい。力まずにそこまで簡単に声って出せるもの?まさにプロの仕事だと感じた。
パンフレットを拝見したらレミゼでマリウスを演られた方ということで、実力の高さにも納得。

 

コグレ(千田 阿紗子)

本シリーズの紅一点、アチャコさん演じる叩き上げの警部補コグレ。
基本常識人だし(警察官なんんだからそれはそう)いつも真っ当な事を言っているのだけれどなぜかクセ強に見えるから不思議。これがコムロ探偵事務所マジックか。
いちいち動きがコミカルなところも良い。コムロ先生を取り調べるシーンで、あの顔芸スレスレのコムロ先生と正面からやり合って全く負けていないパワフルさ。「ダメダメダメ!!」と全身でバツを作るアグレッシブさ、オオバヤシくんの「カワイイ♡」に急に照れてしおらしくなる乙女化具合、いつでも等身大で体当たりするグレコさんの良さがしっかりと表現されていた。ちょっと単純なんだけどそこが可愛くて、女性に認められ好きになる女性キャラだなーと思う。

それにしても警部補としてはちゃんと仕事をしているのか不安になった。
しょっちゅうコムロ先生のところに入り浸っているように感じるし、出された高級煎餅はバリバリ食べる(最終入れ物ごと全部持っていった。まさに泥棒である。笑)。事件(?)の被害者であるオオバヤシくんに関しては3日間も「見て見ぬフリ」を発動した。
絶対ダメだろ。笑

アチャコさんも「はじめまして」なのだけれど、なんと言っても芝居が巧い!歌も巧い!おまけに声質も綺麗!驚いた。
歌唱力が高い上にまるでセリフを言うように感情を乗せて歌い上げるからすごい。もうずっと「すげぇ…」と思いながら観てた。男性5:女性1でハモって違和感が1ミリもない。こんなことができるのだろうか。人間ってすごい。アチャコさんってしゅごい。人体の神秘を感じた。

 

オオバヤシ(泰江 和明)

今作の軸となるキャラ、泰江くん演じる花粉一筋!の植物学者オオバヤシ。
どういうわけか歩道橋から落ちて左足を骨折。おまけに解離性健忘で転落前後の記憶が無いというワケ有り君。初見で完全に当て書きだなぁと感じたし、実際浅井さやかさんや泰江くんの各所での言葉を見ていると泰江くん本人の境遇や気持ちが大きく反映されたキャラクターで間違いない模様。
記憶喪失の影響も勿論そうだし、その境遇(ビジネスのために捨て駒にされようとしているのを知ってしまった)のせいもあってか「落ち込み」「困惑」「苦しみ」を抱えているのだけれど、本当のオオバヤシくんは花粉LOVE!の完全オタク気質の愉快な人。
花粉の話になると嬉々とするし、パピラ(に見えるグレコさんの髪型)に狂喜乱舞するし、オタクにありがちな「好きなことを話すと止まらないし早口になる」ヤバい人。そのジェットコースターか!?という感情の振り幅が凄まじくて、観ているだけで喉がカラカラになってしまった。笑

そんな感情の振り幅が大きいオオバヤシという役を通して役者本人の心情を多少伺い知ることができるというのは、なかなか経験したことのない体験だったなぁ、と思う。観ていてどうしてもオオバヤシくんの心の叫びが役者本人の心の叫びに近しいものであるように捉えてしまったし、事実如何許りかは「演劇の本の中のこと」ではなくて「実際の感情」でもあるのだろうと思う。
泰江くんという人のことを正直未だ詳しくは知らないのだけれど、完全に「感性」で演技をするタイプというか、自分の中で作り上げた役の本質をその時に感じる気持ちのままに演じる人なんだろうと思った。その理由は、毎公演彼の発するセリフ、表情、体全体の表現が(その瞬間に芝居の中で湧き上がった感情によってか)変化があるところにある。毎回セリフの言い回しが変わったり、毎回涙を流すところが違ったり、その時その時で感情の激流に飲まれるポイントが違っていて、それが観ていてとても興味を惹かれた。
筆者は今まで2.5次元舞台に出る泰江くんしか観たことがなかったし、当然そういった演目では確固たる「元のキャラ」がいてそのキャラの本質を解釈して忠実に再現するという局面があるわけだけれど、こういった原作のないオリジナルの脚本のオリジナルのキャラクターを演じる姿を観て、その時に彼が受け取った感覚や感情のままに「次は何が飛び出すのか?」というドキドキ感を感じられる役者は多くはないので、やはり泰江くんの演技は惹き込まれるものがあるし、凄く好きだなぁと思った。

 

アケチ(佐々木 崇)

脳科学者でカメラアイ(瞬間記憶能力)の持ち主、たーさん演じるアケチ。
あの気難しくて面倒なコムロ先生が妙に心を開いているし、コムロ探偵事務所の色んなことを「ふーん」って(身長的にも心情的にも)斜め上から観察してきて初見序盤は兎にも角にも胡散臭さを感じ、マエクラじゃないけど「何者?目的は?」って探りながら観ていたら実はコムロ先生の「でっかい弟」だったというオチ。アケチは名字ではなく下の名前「明智(アキトモ)」からきたあだ名らしい。ちなみにアケチがコムロ先生を「ロクちゃん」と呼んでいたのはかけ算九九の「にさん(兄さん)がろく」からきているとの事。本当にしょーもな!笑
弟と分かった時は全ての全身の力が抜けた。絶対悪いヤツ!!くらいの気持ちで観ていたよ、本当に。
これ、すっごく不思議な体験だったのだけれど、初見はひたすら胡散臭さしか感じなかったのに弟と知ってから見るとね、もう弟にしか見えない。浅井マジックすぎる。まぁ考えてみればこのシリーズ通してキャスティングされているキャラクターに悪い人はいないので、悪い人では有り得なかったわけだけれど。

観劇LIFEに戻ってきたきっかけが『舞台わた婚』だっただけに、実は3作品連続たーさんという事態になったけれど、何気に好きな役者さん。スタイル良いし(脚、長すぎないか)歌巧いし、キャストに名前があると勝手ながら安心感を感じるお方。
今作の本筋がオオバヤシの記憶喪失に引っ張られているけれど、アケチのカメラアイも言ってしまえば一種の発達障害で、とても難しい役どころだったと思う。話の本筋を食い潰さずに、それでいて「ちょっと気になるアイツ」を表現していたのはさすがの演技力だと思った。

 

演奏(はんだすなお)

まさかの小劇場なのに生演奏のミュージカル。本当に素晴らしかった!
何が良いって、役者の呼吸に合わせるはんださんの演奏がミュージカルに彩りを添え、観ているこちらも息をするように身体に音楽を取り込めるところ。
毎回暴れまくる役者たちにしっかりと寄り添う演奏、まさに職人の一言に尽きる。生演奏でなければストレスに感じる部分もあったと思うので(役に入り込みすぎて度々色んなテンポにズレが生じる時がある)、はんださんの演奏はこの作品になくてはならないものだと感じた。
舞台の袖でちょっぴり一緒になって振り付けを楽しんでいる姿を目にすることもあって、まさに「一緒に演じていた」のだと思う。あっぱれ。

 

Review

脚本、演出、楽曲、全てが最高!!

ここ数年は観劇自体年に数回程度しかしていなかったので、浅井さん作品について余り知識がなく、周りから「脚本や演出は期待していいと思う」「曲は良いと思う」との情報を貰っていたものの、小劇場だし…とそこまで期待していなかったのだが、今となっては過去に観た演劇の中でもかなり上位の面白さを誇る作品だ(※当社比)。
小劇場の観劇自体とても久しぶりだったので少し不安に思う部分もあったが、しっかりと考えられた演出でストレスなく観ることができた。
何よりシリアスとコミカルの絶妙な割合、暗転が少ない上にテンポが良く中弛みのない展開が観客を飽きさせない一番大きな要因だったと思う。

ミュージカルが苦手な人の中に「突然歌い出すのが気持ち悪い」と言う人がいて、詳しく聞くと集中して見ていたのに急に歌に入るから集中が寸断されるからと言われたことがあるが、本作は流れるようにセリフを歌にしていて、どの役者もまさに「セリフを言うように歌っていた」ので、ミュージカル初心者の方でも取っ付き易かったと思う。おまけに楽曲がわかりやすくキャッチー。ミュージカルはちょっとなぁ…という層にも一度観てもらいたい作品だった。

衣装、舞台美術もとても凝っていてしっかり作り込まれていて、しかもポップで可愛い。今思えばそんなところまでこだわる?って感じなのだが、床まで可愛かった。
各シーンの展開も小道具をうまく使って切り替えていて、派手な舞台装置を使えない小劇場のハンデを一切感じさせない演出がされていた。照明、音響も上手く使われていて、例えば不穏な空気の場面では強い風の音がしたり。あの音だけで空気感が変わるのだから凄い。五感全てを使って意識づけをさせられた感じ。だからかな、2時間10分なのに見た後に疲労感があった。笑

 

シリーズ過去作を丁寧に盛り込んだ構成と伏線回収

舞台はアケチが『コムロ探偵事務所 Episode.0』(ワダの著書)の登場人物紹介を読み上げる(という表現は適切ではないかもしれない)ところから始まる。
シリーズ3作品目のオリジナルミュージカルではあるものの、このシーンがあることで過去作を知らない人にも登場人物の人柄や職業、ポジションが瞬時に理解できるような作りになっているのがすごい。また、今回出演していないキャラについても物語のところどころで彼らの存在感を出している。まさに今いない登場人物たちも舞台上に「生きている」と感じられ、浅井さん自身がこのシリーズ全体を愛しているのだと感じることができた。
その上、そもそもこの入り口のシーン自体が既に物語の伏線となっており、アケチがカメラアイの持ち主であることを示唆している。アケチが本をめくる度にシャッター音が鳴り響き、また「本を音読する」のではなく「視覚が捉えた本の情報を、本を見ることなく一言一句違わずに声に出す」という技を披露しているのだ。
もちろん初回の観劇時はアケチがこのような能力を保持していることを知らなかったので観ていても何も感じなかった(登場人物の説明があって親切だな〜くらい。シャッター音はページをめくる音の変わりのキメの効果音的なものかと思っていた。シャキーンッ!みたいな。笑)のだが、一度ストーリーを理解した後に再度観劇すると「なるほどね〜」と楽しく伏線回収できる。

このような伏線が各所に散りばめられていて、それを余すことなく一つ一つ回収していく面白さが、リピーターを飽きさせることのない脚本・演出の高い力量を感じさせる部分だった。
筆者は過去作を配信で流し見程度しかしていないが、過去作についての伏線回収も各所で行われており、細かな小道具等からも過去作の登場人物の気配を感じることができる、シリーズ通してのファンにとってはたまらない演出だっただろう。

そう言えば初見ではコムロがオオバヤシを保護して「君の身の安全は保証する」と言ったのが何故だったのか最後までピンとこなかったが、コムロはオオバヤシが自殺をするのではないかと懸念していたということなのか、それとも世間から守ってあげるということだったのか。そこだけちょっと曖昧だったかも。
というか普通なら居候しないよね、めちゃくちゃ胡散臭いし。心から頼れる人がいなそうなオオバヤシにはコムロからの声掛けが嬉しくて心強かったのかな。だから良く知らない探偵の事務所に居候することにしたのかも。

 

誰にでも共感できるテーマを盛り込んだストーリー

まずは今作の大きなテーマとして「心の扉」があると思う。
対人関係において誰もが一度は感じるもどかしさのようなもの、それに向き合い乗り越えていく様子に色々と感じるものがあった。

まず前提として最初から心の扉を開いているキャラクターに「ワダ」「コグレ」がいるように思う。だからこそ「心の扉」に葛藤するキャラがより鮮明に浮かび上がる。

今作の中心人物オオバヤシ。ビジネスの捨て駒にされてしまった上に記憶を失い、「好き」なことに対して「絶望」を感じ「諦め」に囚われた彼が、コムロ探偵事務所を取り巻く人たちとの時間の中で段々と自分の気持ちに素直になり、曝け出せるようになっていく。人の温かさに触れて幾重にも閉ざされた扉がひとつずつ開けられていく展開に、都度感動を覚えた。
「コムロとオオバヤシは似ている」と言う設定も面白い。あるこだわりに対して強い気持ちを持つマニアックな二人の感性はどことなく似ていて、それが「面白いと感じる本」「笑いのツボが同じ」「好きなものにかける情熱」の一致として描かれており、さらに「才能ある若者を自分の地位と名誉のために食い物にするファントム20の標的となった」存在であることで明確化する。似たもの同士故か、オオバヤシを見るコムロの表情が今まで見たことのないであろう優しいものであったのにも心を掴まれた。演出上そういう指示があったのか、ふっきーさんの解釈によるものなのか、芝居をする中で自然と引き出されたものなのか分からないが、特にコムロとオオバヤシが深夜に事務所で語るシーン(花粉を殲滅させる菌の実用化が難しいというリークはオオバヤシ本人によるものだろうとコムロが指摘するシーン)の二人の掛け合いや表情には、指摘をする側、真実がバレてしまう側という状況に似つかわしく無いような優しい空気感を感じた。

また、信頼しているはずの自分を取り巻く人たちになかなか体当たりで向き合えないコムロ、そんなコムロにヤキモキするマエクラ。そんな二人の間にある「心の扉」。マエクラは飄々としているようで、絶妙に空気を読む男なんだと思う。正面から向き合えばなんと言うこともないのに、なかなかそこに踏み込めない不器用な大人のもどかしさに「こういう人っているよなぁ」と思わず現実社会を逡巡させてしまう。

そして他者になかなか理解されないカメラアイという能力を唯一理解してくれる、自分の救いとなった存在でもある兄・コムロに向き合う弟のアケチ。理解者が少ない特性を持ったアケチが(脳科学者であり、コムロに頼まれたという理由もあるものの)献身的にオオバヤシの面倒を見るという構図も興味深かった。全てを記憶している青年と、記憶を失った青年。憶えていたくない嫌な記憶すら鮮明に憶えている青年と、ほんのわずかな期間の記憶を失ったことで余計に苦しむ青年。アケチの正体を知った後、二回目以降の観劇ではストーリーの表面にこそ描かれてはいないが、たーさんが作り上げたアケチというキャラクターの心情を、細かい演技から感じ取ることができた。

こうして様々に立て付けられた「心の扉」が、2時間10分の間に詰め込まれた紆余曲折の末、明確になった「八方美人クソ野郎をギャフンと言わせる」と言う目的に全員の心がひとつになることでどんどん開け放たれていく爽快感。
全ての扉が開き、最後は全員が笑顔になれるストーリー構成がとても「観ていて気分が良い」ものだと感じた。

その他にも筆者が深く考えさせられたのが、人生で誰もが一度は経験する「分かれ道」のテーマ。
アケチが問う、
「目の前に分かれ道があって、どっちも行きたくない道だったらどうする?」
「目の前に分かれ道があって、どっちも行きたい道だったらどうする?」
に、「第3の行きたい道を探す!」「二つの道を巻き込む大きな道を真ん中に作ってどっちも行く!」と答えるワダ。
それをそんな考え方はなかったと言う表情で聞いているオオバヤシ、「狡いけどアリ」と言うアケチ。
人生の中で自分の気持ちの赴くままの選択をした結果いつでも主導権を握っている!と自負するワダと、行きたい道を進んできたつもりがそれは他人に手により作られたものだった故にどん詰まりになってしまったオオバヤシ。そして、コムロの言葉によって目の前にあった道から逃げて全く違う世界に飛び出したアケチ。三者三様の歩んできた「道」とそれぞれの表情に色々と考えさせられた。ワダみたいに生きられたら大変だけれど楽しいだろうな。でも現実社会、みんながみんなそういう選択はできない。ちょっとした憧れを感じたし、もっと若い頃にワダに会いたかった。笑

道がどん詰まりだったオオバヤシは、最後には自分の意思で道を切り開き「花粉殲滅」と言う大きな目標に向かって一直線に走り出す。コミカルに描かれたシーンでありながらも、「心の扉」が開いた時と同じような大きな爽快感を感じることができた。

 

役者の怪我と好演

最後に、今回筆者は泰江くんを観に行ったので本件に触れておきたい。

まず、周知の事実としてオオバヤシが歩道橋から転落して車椅子に乗っている設定の大元は、役者本人の脚の怪我によるものである。
脚の怪我が完治していない状態での出演になることは分かっていたので、出演が決まった時点で怪我がどこまで回復するか実際のところは明確でない以上
①車椅子で出てくる
②セットの椅子に座ったままほぼ動かない
のいずれかだろうと思っていたが、実際に車椅子で板の上に出てきた時はファン(というにはまだ烏滸がましいかもしれないけれど)として何とも言えない衝撃を受けた。正直な話、小劇場の限られたスペースであることを考えると①は無いかと思っていた部分もあった。(実際の本人はぎこちなくても歩ける程度には回復しているものの)足の怪我で車椅子に乗っている姿というのはどうにもショックを受けるものだったのが正直なところだ。

しかし、今回浅井さんや周りのキャストさんたちが、安全第一に考えてくれたのがわかる。
「調査内容 オオバヤシ青年について」のシーンではオフィスチェアに座るのだが、自然な展開でそれに座り(椅子(=ポジション)が用意された、で本当に椅子が用意される流れが自然過ぎて感動した)、自然な展開で研究の最中その椅子で移動をする。あまり行儀のいい話ではないが、筆者もオフィスで面倒だからと椅子に座ったまま移動することがあるので(ヲイ)、ちょっとわかる〜と思いながら見てしまった。
また、作中ではほぼ本人が車椅子を動かしているが、場面場面で他のキャストの方が車椅子を押して移動するところがあり、その様子があまりにも優しい時が多くてグッときてしまった。

「調査内容 オオバヤシ青年について」のシーンの話が出たので、少しこの箇所について特筆したい。
ここはコムロが調査をしたオオバヤシの生い立ちを知れるシーンだ。ひとりっ子、母子家庭、花粉一筋。母は病気で入院をしており学費はアルバイトの掛け持ちをして賄っているという、あまり恵まれた境遇ではないようだったが、好きなこと(花粉研究)や好きな母に対しては愛情深く実直な姿が窺い知れる。やがてファントム20の手引きでメンソー薬品に入り花粉を殲滅させる可能性のある新種の菌を発見するが、早い段階で実用化が難しいことに気付き、会社へ進言するものの聞き入れてもらえない。
このシーンの芝居には目を見張るものがあった。走馬灯のように説明されるオオバヤシ青年の経緯(いきさつ)に、スイッチが入ったように表情がコロコロ変わる。曲がかかってコムロが車椅子を押し、舞台センターへ移動するまでのわずかな間に目を閉じて、再び開けるとほんのついさっきまで笑ったり苦しんだりと豊かだった表情がなくなり、「調査報告対象」としての肖像画のような表情に変わる。新種の菌を発見した時の全身から歓喜が溢れ出て喜びに満ち溢れた目から、「ありがとうございます!」と頭を下げて次に上げた瞬間輝きがなくなり、絶望に侵食された表情に変わっている。こんなに瞬時に切り替えられるもの?と思うほど、ジェットコースターのような感情の振り幅を見事に表現していて、こういう芝居ができるのはすごいな、と興味を感じているところでもある。

調査内容による回想が終わった後、愛想笑いを浮かべながらオオバヤシが言う。
「病院で目が覚めた時に思ったんです。全部無かったことにして新しいスタートを切るのもアリかなって。はは・・・ほら、よく言うじゃないですか、ピンチはチャンスって。だから・・・ね?」
ここはオオバヤシの考えであってもちろん泰江くん本人が脚の怪我をして病院で目が覚めた時にそんな諦念を抱いていたとは全く思わないが、それでも病院で真っ白な天井をぼうっ・・・と見上げている泰江くんの姿を想像してしまい、何とも言えない気持ちになった。その時の虚無感や絶望が、このオオバヤシのセリフにも詰め込まれていたように思えてならなかったからだ。

筆者が観劇した中ではたった一度だけ、オオバヤシが大声で叫び声を上げたシーンがあった。メンソー薬品の記者会見に乗り込んでジャックする予定が、記者たちの質問の矛先がオオバヤシが歩道橋から転落した話題に向いたことで、ジャックを断念したシーン。その千穐楽公演だった。内に溜め込むタイプのオオバヤシが初めて苦しさを強く外に放出した瞬間だったので、あの叫び声にはとても驚いたし、気持ちが入っていてグッときた瞬間でもある。

その後、紆余曲折を経て「戦いに挑むとき隣に誰かがいるのは心強い」という展開になる。
このシーンはオオバヤシを通して泰江くん本人も本当にそう感じているのでは無いかと思えて、何回見ても涙が込み上げてきた。まさに戦いに挑む(舞台に立つ)時に、隣にこのOne on Oneという座組がしっかりと支えてくれていることが感じられたし、泰江くん自身が本当に心強さを感じているように思えたシーンだった。

ファンとしても、怪我をした後の一番最初に立った舞台がOne on Oneで本当に良かったなと思ったし、このタイミングでオオバヤシという当て書きの役を演じたことは、今の泰江くんにしかできない表情や表現に繋がったのでは無いかと思う。感謝。

 

さいごに

全面的に面白い舞台だったとはいえ、違和感を感じる部分もいくつかあった。

例えばファントム20の愛人のママがコムロ先生に浮気調査を依頼する件。
そもそも不倫なのにどの面を下げて「浮気調査」など依頼できるのか。
しかもファントム20の「女性の連絡先リスト50人超え」をアケチが記憶し大炎上するわけだが、ソースがないのにそんなにバズるものなのかなど。

ただ、そういった違和感を補って余りある面白さだったので、細かいことは置いておいて
はやくDVDが欲しい!!
と言う気持ち。

毎回見に行くたびに違ったドキドキワクワクがあって、違ったシーンでグッときて、違ったシーンで涙を堪えた。多分過去にここまで心を揺さぶられた小劇場のミュージカルには出会ったことがなかったと思う。
お目当ての泰江くんを知ってまだ日は浅いけれど、お陰でこんなにも良い作品に出会うことができた。本っ当に感謝しかない。

今夜のような満月の日は、つい空を眺めてしまう。
月の周りがちょっぴり虹色に視える気がして、「あっ!花粉光環!」と夢中になって空を見上げるオオバヤシ青年の笑顔を思い出す。
それだけでまた明日からも頑張ろう!と思える。

観劇って、楽しい。

 

公演記録

One on Oneオリジナルミュージカル
35th note 『side-by-side』

【日程】2024年2月8日(木)~2月18日(日)
【劇場】赤坂RED/THEATER
【作・演出・音楽】浅井さやか

oneonone.jp

 

観劇記録

2024年2月 8日 初日
2024年2月10日 マチネ
2024年2月12日 マチネ
2024年2月14日 ソワレ
2024年2月17日 ソワレ
2024年2月18日 千穐楽